誰もが一度は使ったことがある?大根役者という言葉の世界
「この俳優さん、演技が下手すぎ…」「まさに大根役者だね」──そんな会話を交わしたことがある人も多いはず。テレビドラマや映画を見ているとき、思わずこぼれてしまう感想の一つかもしれません。
不思議なことに、演技が下手な役者のことを「トマト役者」とか「ナス役者」とは言いませんよね。一体なぜ、数ある野菜の中から「大根」が選ばれたのでしょうか?実は、この言葉には江戸時代からの粋な計らいが隠されているんです。
江戸の芝居小屋から生まれた辛口の表現
大根役者という言葉が生まれたのは、江戸時代の歌舞伎の世界。当時の芝居小屋では、観客が役者に向かって掛け声をかけるのが当たり前の光景でした。上手な役者には「〇〇屋!」と声援を送り、下手な役者には容赦のない野次が飛んでいたそうです。
実は最初、単に「大根」と呼ばれていただけだったんです。それが徐々に「大根役者」という言葉として定着していきました。なんとも粋な江戸っ子らしい、辛口の表現ですよね。
大根役者が生まれた意外な理由に迫る
では、なぜ「大根」だったのでしょうか?当時の観客たちは、演技の下手な役者を見て、どんな思いでこの野菜を選んだのでしょうか。
実は面白いことに、野菜の中でも特に大根が選ばれた理由には、江戸時代の人々の暮らしや知恵が深く関係しているんです。料理人が大根を扱う姿や、日々の食卓で欠かせない大根の特徴が、そのまま言葉遊びとして活かされていったんですね。
当時の歌舞伎の観客たちは、芝居を見ながら「この役者はまるで大根のようだ」と、どんな部分に注目していたのでしょうか。実は、その理由がとても興味深いんです。
江戸っ子たちの遊び心から生まれた「大根役者」という表現。実は、その由来には様々な説があり、どれも当時の人々の機知に富んだ発想が詰まっているんです。
「大根」と呼ばれる5つの理由とは?江戸の知恵と遊び心
みなさんもご存知の通り、大根は日本の食文化に欠かせない野菜です。そんな身近な大根が、なぜ下手な役者の代名詞になったのでしょうか。実はその理由が、とても面白いんです。
まず最も有名な説が、「食あたりしない」という特徴からきています。大根は消化を助ける効果があり、どんな料理方法でも食中毒を起こすことがほとんどありません。つまり「当たらない」わけです。一方、芝居の世界では「当たる」というのは「ヒットする」「成功する」という意味。下手な役者は「当たらない=成功しない」ということで、この言葉が生まれたというわけです。
次に面白いのが「大根おろし」説です。役者が配役を外されることを「おろす」と言いますが、これと大根をおろすことを掛けた粋な言葉遊び。「この役者は大根のようにおろされてしまうだろう」という、なんとも皮肉な意味が込められているんです。
さらに大根の「白さ」に注目した説もあります。大根の白い部分から「素人(しろうと)」を連想させる説や、下手な演技で場を「白ける」ことから来ているという説も。当時の人々の言葉遊びの才能には驚かされますね。
中でも興味深いのが、白粉(※1)との関連説です。演技の下手な役者ほど白粉を多く塗って誤魔化そうとする、という当時の風潮から生まれた説とされています。
おもしろいことに、「大根」という言葉には別の一面も。実は昭和の俳優の世界では「大根」を褒め言葉として使うこともあったそうです。大根は根から葉まで捨てるところがない、つまり「何をやらせても使える役者」という意味で使われていたんだとか。ただし、この用法は現代ではほとんど見られなくなってしまいました。
※1:白粉(おしろい)とは、歌舞伎役者が顔に塗る白い化粧のことで、江戸時代から使われている伝統的な化粧品です。
「大根役者」に関連する面白い表現の数々
大根役者という言葉が定着していく中で、演技の巧拙を表す様々な表現が生まれていきました。その多くは江戸時代の通貨単位や当時の芝居小屋の様子と深く結びついているんです。
例えば「三文役者」という言葉をご存知でしょうか?「三文」というのは、江戸時代の最も小さな通貨単位「文」にちなんだ表現です。「たった三文程度の価値しかない役者」という意味で、大根役者と同じように演技の下手な役者を指す言葉として使われていました。
一方で、上手な役者のことは「千両役者」と呼んだそうです。「両」も江戸時代の通貨単位で、「文」よりもずっと価値が高いものでした。一年に千両以上もの収入があった人気役者たちは、まさに現代でいうスーパースターだったわけです。
知られざる江戸の芝居小屋事情
実は「緞帳役者(どんちょうやくしゃ)」(※2)という言葉もあったことをご存知でしょうか?これは、格式の低い小芝居に出演する役者のことを指していました。大きな劇場で演じることができない、つまり実力不足の役者という意味が込められていたんです。
当時の芝居小屋には、厳密な格式がありました。有名な役者は一流の劇場でしか演じませんでしたし、実力のない役者は小さな芝居小屋でしか演じることができなかったんです。現代のブロードウェイとオフブロードウェイの関係に似ているかもしれませんね。
芝居好きの江戸っ子たちは、役者の実力を見極める確かな目を持っていました。その証拠に「田舎役者」という言葉も生まれました。これは、都会の洗練された演技に比べて、田舎の芝居は素人っぽいという印象から生まれた表現だったそうです。
※2:緞帳(どんちょう)とは、舞台と客席を仕切る装飾的な幕のことです。現代でも歌舞伎座などの伝統的な劇場で見ることができます。
海外でも野菜や食べ物で例える?各国の「下手な役者」表現
実は「演技の下手な役者」を食べ物に例えるのは、日本だけの文化ではありません。世界各国でも似たような表現が存在するんです。
英語圏では「ハム役者(ham actor)」という言葉があります。ここでの「ハム」は、ハムレット(Hamlet)という有名な演目に関係があるとされています。面白いことに、下手な役者ほどハムレットの役を演じたがる、あるいは、ハムレットは下手な役者が演じても成功する、といった理由から生まれた表現なんだそうです。
フランスに目を向けると、なんと「カブ(navet)」という表現が。つまり、日本の「大根」をカブに置き換えたような言い方をするんです。それぞれの国の食文化が、そのまま言葉に反映されているわけですね。
大根から広がる粋な言葉の世界
「大根役者」という表現から派生して、大根にまつわる様々な言い回しも生まれています。例えば「大根どきの医者いらず」という言葉があります。これは、大根の収穫時期になると体が健康になり、医者が必要なくなるという意味。大根の効能を表した先人の知恵が詰まった表現です。
また、「大根を正宗(※3)で切る」という言葉も。名刀で大根を切るという大げさな行為を例えて、才能のある人につまらない仕事をさせることの無駄を指摘した表現です。
実はこうした言葉遊びの文化は、着物の文様にまで影響を与えていました。「大根とおろし金」の模様は、江戸小紋の文様の一つとして好まれていたそうです。「食あたりしない」「難事にも当たらない」という縁起の良い意味が込められていたんですね。
これらの表現を知ると、先人たちの言葉遊びの才能と、その奥深さに感心させられます。日常の身近な野菜である大根を、こんなにも多彩な表現に活かしていたなんて、驚きませんか?
ぜひ、次に友人と演劇や映画の話をするとき、「大根役者」という言葉の由来を話題に出してみてください。きっと会話が更に盛り上がることでしょう。単なる野次から始まった言葉が、こんなにも豊かな表現として育まれてきた──その歴史を知れば、日本語の面白さを再発見できるはずです。
※3:正宗(まさむね)は、鎌倉時代の有名な刀工・正宗が作った刀のこと。日本刀の最高傑作の一つとされています。
由来説 | 説明 |
---|---|
食あたりしない説 | 大根は食あたりしない(当たらない)ことから、ヒットしない(当たらない)役者を指す |
大根おろし説 | 役者が配役を「おろされる」ことと、大根を「おろす」ことを掛けた表現 |
白さ・素人説 | 大根の白さから「素人(しろうと)」を連想した表現 |
場を白ける説 | 下手な演技で場が「白ける」ことと、大根の白さを掛けた表現 |
白粉関連説 | 下手な役者が白粉を多用することと、大根の白さを結びつけた表現 |
分類 | 表現 | 意味・由来 |
---|---|---|
日本の類似表現 | 三文役者 | 最小通貨単位「三文」ほどの価値しかない役者 |
緞帳役者 | 格式の低い小芝居にしか出られない実力不足の役者 | |
田舎役者 | 洗練されていない素人っぽい演技の役者 | |
対義語 | 千両役者 | 年収千両以上を稼ぐ人気実力派の役者 |
海外の類似表現 | ham actor(英語) | ハムレットの役を演じたがる下手な役者から |
navet(フランス語) | カブを意味し、下手な役者を表す |
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