「しゃぶしゃぶ」という名前の意外な由来に迫る
誰もが一度は食べたことがあるしゃぶしゃぶ。でも、この独特な響きの名前の由来を知っている人は意外と少ないのではないでしょうか?実は、この名前には思わず笑ってしまうような誕生秘話が隠されているのです。
1952年、大阪の高級料理店「永楽町スエヒロ本店」。ある日の朝礼で、店主の三宅忠一さんが新メニューの名前を発表しました。「今日から『しゃぶしゃぶ』という名前で提供します」。その瞬間、従業員たちは思わず吹き出してしまったそうです。
実はこの名前、店の従業員がおしぼりを「じゃぶじゃぶ」と洗う音からヒントを得たのだとか。三宅さんは、この音が肉を湯にくぐらせる動きと音に似ていることに気づき、「しゃぶしゃぶ」と命名したのです。当時としては斬新すぎる料理名だったのかもしれません。
ところが、この奇抜な名前は見事に定着。今では海外でも「SHABU SHABU」として知られ、外国人観光客からも「シャブシャブ、グレート!」と絶賛される人気メニューになりました。
では、このユニークな名前を持つしゃぶしゃぶは、いったいどのようにして生まれたのでしょうか?実は、その歴史は私たちの想像以上にドラマチックなものでした…
モンゴルから始まったしゃぶしゃぶのルーツ
しゃぶしゃぶの起源は、はるか昔のモンゴルにまで遡ります。13世紀、元王朝の宮廷で活躍した名医・忽思慧(フースーフイ ※1)は、寒冷地に住む人々の健康を考え、温かい出汁で肉を食べる料理法を考案しました。これが「涮羊肉(シュワンヤンロウ ※2)」と呼ばれる火鍋料理の始まりです。
遊牧民たちの知恵から生まれたこの料理法は、やがて北京の宮廷料理として洗練されていきました。特徴的なドーナツ型の鍋も、この時期に開発されたものです。中央の筒に炭を入れることで、効率的に熱を循環させる工夫が施されていました。
その後、時は流れて第二次世界大戦後の1945年。中国から日本に引き揚げてきた軍医の吉田璋也さんが、京都の料理屋「十二段家」の西垣光温さんに「涮羊肉」を紹介します。この出会いが、日本独自の進化を遂げるきっかけとなったのです。
※1:忽思慧(フースーフイ):元王朝の宮廷医師で、『飲膳正要』という当時の栄養学の集大成となる書物を著した人物です。
※2:涮羊肉(シュワンヤンロウ):「涮(シュワン)」は湯に通すという意味で、「羊肉」と合わせて「羊肉を湯に通す料理」という意味になります。
日本人好みに進化したしゃぶしゃぶの味わい
京都の料理人たちは、この中国伝来の料理を日本人の口に合うようにアレンジしていきました。最も大きな変更点は、羊肉から牛肉への変更です。当時の日本人にとって馴染みの薄かった羊肉を、より親しみやすい牛肉に替えたのです。
さらに、タレも大きく進化しました。中国の火鍋では辛味のある調味料が主流でしたが、日本では爽やかな柑橘の風味が特徴のポン酢や、コクのあるゴマダレが開発されました。特にゴマダレは、民藝運動の大家である柳宗悦や河井寛次郎らの助言を得ながら、試行錯誤を重ねて完成させたものだったそうです。
実はこの時期、京都では「牛肉の水炊き」という名前で親しまれていました。しかし、先ほどご紹介した大阪での「しゃぶしゃぶ」という名付けをきっかけに、全国へと広がっていくことになるのです。
日本全国に広がる個性豊かなご当地しゃぶしゃぶ
京都で生まれ、大阪で名付けられたしゃぶしゃぶは、その後、各地で様々な進化を遂げていきました。それぞれの土地の特産品や食文化を活かした、独創的なアレンジが施されているのです。
北海道では、新鮮な海の幸を活かした「たこしゃぶ」が人気です。プリプリとした食感と、たこから出る出汁の旨味が特徴で、シメの雑炊は絶品だと言われています。また、遊牧民の伝統を受け継ぐかのように「ラムしゃぶ」も親しまれています。
宮城県では、仙台名物の牛タンを薄切りにした「たんしゃぶ」が登場。濃厚な牛タンの旨味を、さっぱりとした昆布出汁で楽しむ新しい食べ方として注目を集めています。
佐賀県の「茶しゃぶ」は、地元特産の嬉野茶を出汁に使用するユニークな一品です。お茶の香り高い出汁で食べる肉や野菜は、これまでにない新しい味わいを楽しめます。
しゃぶしゃぶにまつわる意外な豆知識
実は地域によって、具材を入れる順番にも特徴があるのをご存知でしょうか?ミツカンが行った調査によると、東日本では野菜から、西日本では肉から入れる傾向があるそうです。
さらに面白いのが、肉を湯にくぐらせる回数の違いです。北海道では平均4.38回とじっくり派が多いのに対し、東北や沖縄では3.57回と手早め。この些細な違いにも、各地の食文化が反映されているのかもしれません。
あなたも今日からしゃぶしゃぶ博士に
「しゃぶしゃぶ」の名前の由来が”おしぼりの音”だったなんて、意外でしたよね。モンゴルの遊牧民から始まり、中国の宮廷を経て、戦後の日本で独自の進化を遂げた壮大な歴史も、きっと誰かに話したくなるはず。
次にしゃぶしゃぶを食べるとき、ぜひ周りの人にこれらの話を披露してみてください。「へぇ、そうだったの!」という驚きの声が返ってくるはずです。
また、ご当地しゃぶしゃぶ探しの旅もおすすめです。それぞれの土地ならではの味わいを楽しみながら、その地域の食文化に触れることができます。みなさんも、お気に入りのしゃぶしゃぶを見つけてみませんか?
年代 | 出来事 | ポイント |
---|---|---|
13世紀 | モンゴルで火鍋料理誕生 | 元王朝の宮廷医師・忽思慧が考案 |
1945年 | 日本への伝来 | 吉田璋也が京都の料理屋に紹介 |
1947年 | 「牛肉の水炊き」誕生 | 京都・十二段家で日本風にアレンジ |
1952年 | 「しゃぶしゃぶ」命名 | 大阪・永楽町スエヒロ本店で命名 |
1955年 | 商標登録 | 「しゃぶしゃぶ」の名称が正式登録 |
項目 | 中国(涮羊肉) | 日本(しゃぶしゃぶ) |
---|---|---|
主な具材 | 羊肉 | 牛肉(後に豚肉なども) |
タレ | 辛味のある調味料 | ポン酢、ゴマダレ |
鍋の特徴 | 中央に炭を入れる筒あり | ガスコンロ用に改良 |
食べ方 | 辛味を効かせた味わい | 素材の味を活かした味わい |
地域 | 名称 | 特徴的な具材 |
---|---|---|
北海道 | たこしゃぶ・ラムしゃぶ | タコ・羊肉 |
宮城県 | たんしゃぶ | 牛タン |
富山県 | ぶりしゃぶ | ブリ |
関西地方 | はもしゃぶ | ハモ |
佐賀県 | 茶しゃぶ | 嬉野茶を出汁に使用 |
熊本県 | 馬しゃぶ | 馬肉 |
鹿児島県 | 黒豚しゃぶ | かごしま黒豚 |