フォークの背にライスを載せる習慣の意外な出発点
「ライスはフォークの背に載せて食べるもの」。かつて日本人の多くが、これを「正しい洋食のマナー」として信じていました。でも、実はこの作法、西洋には存在しない日本発祥の食事作法だったのです。
この習慣は、銀座の老舗洋食店「煉瓦亭」の初代店主、木田元次郎氏によって考案されたと言われています。当時の洋食店ではパンが主流でしたが、お客様からの「ご飯も食べたい」という要望に応えて、皿盛りのライスを提供するようになりました。その際、どうやって食べるのが良いのか考えた木田氏が、「フォークの背に載せる」という独自の作法を思いついたそうです。
明治時代に広がった「洋食マナー」の誤解とは
この食べ方が広く普及したのには、明治時代ならではの背景がありました。当時、欧州から帰国した留学生たちがもたらした「イギリスでは食事中にナイフやフォークを持ち替えない」という情報が、思わぬ方向に解釈されたのです。
日本人は几帳面な性格から、「フォークを右手に持ち替えたり、下向きのフォークを上向きにするのはマナー違反」と理解。そこから、左手に持ったフォークの背にライスを載せて食べる方法が「正しいマナー」として定着していきました。
実は、イギリスの上流階級(※1)では、マッシュポテトやグリーンピースをフォークの背に載せて食べる習慣があり、これが日本のライスの食べ方に影響を与えた可能性も指摘されています。当時の日本人は、西洋の文化を正確に理解しようと真摯に努力していました。その熱心さが、思わぬ形で独自の食文化を生み出すことになったのです。
※1:イギリスの上流階級とは、貴族やアッパーミドルと呼ばれる階層を指します。イギリスは現代でも階級社会が根強く残っており、言葉遣いや振る舞い方に独特の文化が存在します。
イギリスとフランスで異なるフォークの使い方から見える文化の違い
フォークの使い方一つを取っても、国によって興味深い違いがあります。特にイギリスとフランスでは、真逆とも言える習慣が存在していました。
イギリスでは、貴族やアッパーミドル階級を中心に、小さな食材をフォークの背に載せて食べることが「上品な作法」とされていました。これは、18世紀頃からの伝統で、特にマッシュポテトやグリーンピースなどの食材で好んで使われていた方法です。
一方、フランスでは逆にフォークの背に食べ物を載せること自体が「粗野な振る舞い(※2)」とされていました。両国のこの対照的な習慣は、長年の対抗意識から生まれた文化の違いだと言われています。
※2:粗野な振る舞い(そやなふるまい)とは、上品さや洗練さに欠ける行動を指します。フランスの食文化では、優雅さと美しさを重視する傾向が強くあります。
昭和時代に確立された「教養のある人の食事作法」
この「フォークの背でライスを食べる」という習慣は、昭和時代に入ると「教養ある人の証」として広く認識されるようになりました。特に女学校では、正式な洋食マナーとして熱心に指導されていたそうです。
当時を知る80代の方は、こんな思い出を語ってくれました。「女学校で帝国ホテルに連れて行かれて、フォークの使い方を習いました。背にライスを載せるのは最初は難しくて。でも、できるようになると誇らしい気持ちになったものです。まるでレディになった気分でした」
また、ある70代の方は「父が商社マン(※3)だったので、よく外国からお客様を招いて食事をしました。その時に限って父は『フォークの背でライスを食べなさい』と厳しく言うんです。今から思えば、日本人も西洋のマナーを知っているということを示したかったのかもしれません」と、当時の様子を懐かしそうに話してくれました。
※3:当時の商社マンは、海外との取引の最前線で活躍する、いわゆるエリートビジネスマンの代表格でした。外国の文化や習慣に精通していることが求められ、社会的なステータスも高かったとされています。
現代の食卓で見直される「正しい」マナーの考え方
「フォークの背にライスを載せる」というマナーは、実は最近まで多くのマナー講師によって「正式な作法」として教えられていました。しかし、1980年代以降、海外との交流が活発になるにつれ、この認識は大きく変わっていきました。
特に興味深いのは、日本のマナー講師たちの間でも見解が分かれていたという事実です。ある元マナー講師は「私たちの世代は背に載せる作法で教わりましたが、次第にそれが日本独自のものだと気づき始めました。でも、長年教えてきた作法を急に『間違いでした』とは言えず、悩んだ時期もありました」と、当時の様子を語ってくれました。
食事を楽しむための新しい考え方
現代では、「正しい」とされるマナーも、より柔軟な解釈へと変化しています。大切なのは、食事の場を心地よく楽しむことです。欧米でも、フォーマルな場面以外では、それほど厳格なマナーにこだわることはないそうです。
実は最近では、ある面白い変化も起きています。欧米からの観光客が日本の洋食店で「フォークの背にライスを載せる」日本人を見かけると、「なんて洗練された食べ方なんだ!」と感心するケースもあるとか。これは、グローバル化が進んだ現代ならではの、ちょっと愉快な文化の逆輸入(※4)かもしれません。
※4:文化の逆輸入とは、ある国で独自に発展した文化が、別の形で元の国に戻ってくる現象を指します。例えば、日本発祥の寿司が海外でアレンジされ、それが逆に日本で人気になるといったケースも、その一例です。
知っておくと楽しい洋食文化の豆知識
フォークの背にライスを載せる習慣は、確かに日本独自の解釈でした。でも、それは決して「間違い」だったわけではありません。むしろ、西洋文化を理解しようと真摯に努力した先人たちの、ちょっと微笑ましい工夫の歴史とも言えるのです。
「へぇ、そうだったんだ!」という発見がありましたか?この話、実は食事の場での素敵な話題のタネにもなります。西洋と日本の文化が出会って生まれた、ちょっと意外な歴史の一コマとして、友人や家族と共有してみてはいかがでしょうか。
時代 | 出来事・特徴 | 社会背景 |
---|---|---|
明治時代 | ・煉瓦亭で考案 ・留学生の情報から誤解が発生 |
・西洋文化の積極的な受容期 ・洋食の普及が始まる |
昭和時代 | ・女学校での指導が本格化 ・教養の証として定着 |
・洋食が一般化 ・西洋文化への憧れが強い時期 |
1980年代以降 | ・マナーの見直しが始まる ・柔軟な解釈へ変化 |
・国際交流の活発化 ・情報のグローバル化 |
国 | フォークの使い方 | 特徴的な考え方 |
---|---|---|
イギリス | ・上流階級は背面使用も許容 ・TPOで使い分け |
・階級による文化の違いが顕著 ・伝統的な作法を重視 |
フランス | ・腹面使用が基本 ・背面使用は非推奨 |
・優雅さを重視 ・食事作法に厳格 |
日本 | ・背面使用が独自発展 ・現代は柔軟化 |
・西洋文化との融合 ・独自の解釈による発展 |
観点 | 現代の考え方 | 推奨される対応 |
---|---|---|
マナー全般 | ・状況に応じた柔軟な対応 ・快適さを重視 |
・TPOに合わせた使い方 ・周囲への配慮 |
文化理解 | ・多様性の受容 ・相互理解の促進 |
・固定観念にとらわれない ・文化交流を楽しむ |
実践面 | ・食べやすさを優先 ・過度な形式化を避ける |
・自然な動作を心がける ・場面に応じた適切な判断 |
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