同じ方向に避ける現象は「お見合い現象」とも呼ばれる

前から来た人を避けようと右へ動いたら、相手も同じ通り道へ。慌てて反対側に動くと、また進路が重なってしまう。結局、二人で何度も左右に動き、気まずい思いをした経験はないでしょうか。
このように、お互いが避けようとして同じ方向へ動いてしまう現象は、「お見合い現象」とも呼ばれています。ただし、学術的に統一された正式名称があるわけではありません。
2015年に発表された研究論文では、「Hesitant avoidance while walking(歩行中のためらい回避)」という表現が使われています。また、ネット上で見かける「連続回避本能」という呼び方も、統一された学術名称ではありません。
ちなみに、海外には「Sidewalk Salsa(サイドウォーク・サルサ)」というユニークな呼び名もあります。歩道で二人が左右に動く様子を、ダンスのサルサになぞらえた表現です。
まるで息を合わせて踊っているような光景ですが、実は、この「息が合ってしまうこと」が現象を理解する手がかりになります。
相手の動きを読み合ううちに何度も進路が重なる

一度だけなら、たまたま同じ通り道を選んだとも考えられます。ところが、避け直したのにまた重なる。なぜ、こんなことが繰り返されるのでしょうか。
その背景には、二人が互いの動きを予測しながら、自分の進路を調整することが関係していると考えられています。
例えば、相手がこちらへ来そうだと思って進路をずらすと、相手もこちらの動きを読んで同じ通り道へ。そこで慌てて反対側へ動いても、相手が同じように判断を変えれば、また道をふさぎ合ってしまいます。
つまり、こちらが避けようとして動くこと自体が、相手にとって新たな判断材料になるのです。
この予測の読み違いを考えるうえで、興味深い海外研究があります。2025年、オランダのデルフト工科大学の研究者は、「Sidewalk Salsa」をコンピューター上で再現するモデルを発表しました。
モデルに組み込まれたのは、自分がどのように進むつもりかという計画と、相手がどう動くかについての予測です。それらを組み合わせることで、二人が繰り返し同じ側へ避ける動きをシミュレーション上で再現できました。
もちろん、これは計算モデルによる研究であり、人間の行動の原因がすべて証明されたわけではありません。それでも、互いに先を読もうとすることが、かえって動きをかみ合わせなくする可能性を示しています。
では、人は相手の動きを何から読み取っているのでしょうか。
2026年7月に発表されたドイツの研究では、45組90人のすれ違いを分析。その結果、避け合いにためらいが生じた場面では、直前の二人の頭の向きの差が小さい傾向が確認されました。
頭の向きが直接の原因だと証明されたわけではありませんが、相手がどちらへ進もうとしているかを判断するうえで、身体の向きも手がかりになっている可能性があります。
何気なく人とすれ違うときも、私たちは相手の動きを読み、自分の進路を調整しています。その予測が互いに影響し合うことで、あの左右の「ダンス」が始まってしまうと考えられるのです。
歩くリズムや足の位置関係も避け合いに影響する

実は、同じ方向に避けてしまう現象には、相手の動きを予測することだけでなく、歩くリズムや足の位置関係も関わっています。
2015年、本間元康氏らの研究チームは、17組の参加者を対象に歩行実験を行いました。その結果、避ける方向をあらかじめ決めていない場合は、決めている場合よりも、立ち往生する時間や、最初に動いた方向から進路を変える行動が増えました。
さらに、避け合いがうまくいかなくなる条件を調べると、次の3つの組み合わせが重要だと分かりました。
- 二人の歩行リズムがそろっていること
- 避け始めるまでに、相手の動きを予測できるだけの距離があること
- 踏み出す足の位置関係が異なること
注目したいのは、歩行リズムです。知らない人同士でも、動くタイミングが自然にそろうことがあるというのです。
本間氏は、このような同調を説明する例として、ライブ会場での手拍子を挙げています。最初はバラバラだった拍手が、いつの間にか同じテンポにまとまっていく。人の動きには、こうした自然な同調が見られます。
向かい合う二人の歩行でも、タイミングがそろうことがあります。さらに、踏み出す足の位置関係も加わると、避けるための動きがうまくかみ合わなくなる場合があるのです。
もう一つ意外なのが、相手との距離でしょう。
普通に考えれば、近づいてから慌てて避けるより、遠くにいるうちから進路を考えた方がよさそうです。ところが実験では、相手の動きを予測する時間が十分にあることも、ほかの条件と重なると避け合いの失敗につながりました。
ただし、距離が長ければ必ず失敗しやすいという意味ではありません。歩行リズムや足の位置関係を含めた、条件の組み合わせが影響していました。
つまり、余裕を持って相手の動きを読もうとすることが、必ずしも有利になるとは限らないのです。普段なら衝突を防ぐために役立つ動きの同調が、状況によっては逆効果になる。そこに、この現象の面白さがあります。
同じ方向に避けたら歩くペースを少し落としてみる

では、実際に目の前の人と何度も同じ方向へ動いてしまったら、どうすればよいのでしょうか。
この現象を研究した本間元康氏は、対処法として「歩くペースを少し落とす」ことを提案しています。
ポイントは、二人の歩行リズムをずらすことです。
同じタイミングで動いているなら、一方が歩く速度を変えることで、そろってしまったリズムを崩せる可能性があります。
本間氏によると、立ち止まることも一つの方法ですが、急に足を止めるのは危険な場合があります。そのため、歩くペースを少し落とし、自分からリズムを変える方法を勧めています。
もっとも、これは研究者による提案であり、どんな状況でも確実に避けられると実証された方法ではありません。
次に誰かと右へ左へ避け合ってしまったら、慌てて何度も切り返すより、まずは少し歩調を緩めてみる。相手と息が合いすぎてしまったときには、避ける方向だけでなく、歩くタイミングを変えるという選択肢もあるのです。


