イタリアの銀行で実際に行われているチーズ担保融資の真相
「チーズを担保にお金を借りられる」という話を聞いて、思わず「本当かな?」と疑ってしまう人も多いはず。しかし、これは確かな事実なのです。
イタリア北部のエミリア・ロマーニャ州では、クレディト・エミリアーノ銀行(通称:CREDEM)が1953年から、パルミジャーノ・レッジャーノ(※1)を担保とした融資を実施しています。このユニークな融資システムは、地域の経済と伝統産業を支える重要な役割を果たしてきました。
チーズの保管専用の巨大な熟成庫には、なんと44万個ものパルミジャーノ・レッジャーノが整然と並べられています。1個あたり35〜40キロもある大きなチーズの塊が、銀行の管理下で大切に保管されているのです。
「でも、なぜチーズなの?」という疑問が湧いてくるはず。その答えは、パルミジャーノ・レッジャーノの特別な価値にあります。
※1:パルミジャーノ・レッジャーノとは、イタリアのパルマ、レッジョ・エミリア地方で伝統的な製法で作られる特別なチーズです。日本でよく見かける「パルメザンチーズ」のオリジナルとも言える存在で、EU(欧州連合)によって製法や生産地域が厳しく管理されています。
イタリアが誇る”チーズの王様”の知られざる真価
パルミジャーノ・レッジャーノは「チーズの王様」と呼ばれ、その価値は熟成期間とともに増していきます。一般的な食品とは異なり、時間とともに価値が上がっていくという特徴を持っています。
製造から最低でも12ヶ月、標準的には24~36ヶ月もの熟成期間が必要です。中には5年以上熟成させる特別なものもあります。この長期熟成の過程で、チーズは独特の風味と食感を獲得し、その価値を高めていくのです。
1個のチーズホイール(車輪のような形をした大きな塊)は、熟成度合いによって900~1500ドル(約13万円~22万円)もの価値があります。しかも、適切な管理下では品質が安定しており、市場価値の予測が立てやすいという特徴があります。
チーズが銀行の金庫に入るまでの驚きの道のり
パルミジャーノ・レッジャーノの製造には、膨大な時間とコストがかかります。生産者は牛の飼育から始まり、ミルクの生産、チーズの製造、そして長期の熟成まで、すべての工程を管理しなければなりません。
たとえば、マウロ・ロッシさんの工房では、1日に60個ものチーズを製造しています。年間で約2万個という驚きの生産量です。しかし、これだけの規模の生産を維持するには、相当な運転資金が必要になります。
「チーズは作ってすぐには売れません。でも、経費は日々かかっていきます。この資金のギャップを埋めるのが、チーズを担保にした融資なんです」と、クレディト・エミリアーノ銀行のファウスト・フィリッピさんは説明します。
イタリアの銀行が考案した画期的な融資の仕組み
チーズを担保にした融資は、一般的な不動産担保ローンと似たような仕組みで運営されています。ただし、担保となる「物」が違うだけです。
生産者は製造したチーズを銀行の専用施設に預け入れます。銀行はチーズの価値を評価し、その70〜80%の金額を融資します。これは将来の価格変動リスクに備えた安全マージンを確保するためです。
タリアテ・ジェネラル倉庫の代表、ロベルト・フリニャニさんによると、保管されているチーズの総額は約200億円にも上るとのこと。「私たちは単なる保管庫ではありません。生産者の大切な資産を、牛からチーズ、そして銀行まで、一貫して守っているのです」と語ります。
伝統と革新が織りなす独自の金融システム
2016年には、パルミジャーノ・レッジャーノを裏付けとした特別な債券(※2)も登場しました。モデナの酪農業協同組合「4Madonne」は、この革新的な金融商品で約7億8500万円もの資金を調達することに成功しています。
また近年、パルミジャーノ・レッジャーノの品質管理にも新しい取り組みが始まっています。生産者団体によると、チーズの皮に貼られたラベルには塩粒ほどの小さなマイクロチップが埋め込まれており、QRコードでスキャンすることで製品の情報を確認できるようになっているそうです。
※2:「パルミジャーノ債」と呼ばれる特別な債券で、投資家には配当に加えて、額面の120%相当のチーズが「償還」される仕組みです。
世界が注目するイタリアの知恵と工夫
パルミジャーノ・レッジャーノを担保とする融資システムは、世界の金融関係者からも注目を集めています。一見すると奇抜なアイデアに思えるかもしれませんが、その本質は「地域の特産品の価値を最大限に活用する」という、とてもスマートな発想なのです。
「私たちのシステムは、伝統産業を守りながら、現代の金融ニーズに応えています」と、クレディト・エミリアーノ銀行の関係者は胸を張ります。実際、このシステムのおかげで、多くの小規模生産者が事業を継続できているのです。
興味深いのは、このシステムが他の高級食材にも応用されていることです。たとえば、一部の銀行では高級ワインを担保とした融資も行っています。時間とともに価値が上がり、適切な保管で品質が保てる商品であれば、同様の仕組みが機能する可能性があるのです。
チーズが教えてくれる伝統と未来
「チーズを担保に融資を受ける」という話は、単なる珍しい話題として片付けるにはもったいない知恵が詰まっています。
このシステムの成功は、地域の伝統産業と金融機関が、互いの強みを活かしながら Win-Win の関係を築けることを示しています。チーズという伝統的な産物と、最新の金融システムやテクノロジーが見事に調和している点も、現代のビジネスに示唆を与えてくれます。
さらに面白いのは、このシステムが環境にも配慮している点です。チーズの製造過程で出る副産物は無駄にせず、マスカルポーネチーズの原料や、プロシュット(※4)用の豚の飼料として活用されています。
実は、あなたの身近にあるパルメザンチーズにも、このような奥深い物語が隠されているかもしれません。次に友人や家族と食事をする機会があれば、「イタリアではチーズを担保にお金を借りられるんだよ」という話から会話を始めてみてはいかがでしょうか。きっと、楽しい話題になるはずです。
パルミジャーノ・レッジャーノを通じて見えてくるのは、伝統を守りながらも革新を取り入れる柔軟な姿勢、そして地域の特色を活かした独創的なビジネスモデルの可能性です。70年以上も続くこの融資システムは、私たちにそんな気づきを与えてくれています。
※4:プロシュットとは、イタリアの伝統的な生ハム。豚モモ肉を塩漬けにして長期熟成させた高級食材です。
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