「手を拭く」文化が生まれたきっかけとは?古代日本の衛生観念
私たちが当たり前のように使用しているおしぼり。実はその起源は、感染症との戦いにまで遡ります。3世紀頃、日本で大規模な疫病が流行した際、当時の崇神天皇が手を清める習慣を広めようと、神社に手水舎(ちょうずや ※1)を設置したことが始まりとされています。
この出来事は日本最古の歴史書『日本書紀』にも記されており、疫病による国民の苦しみを目の当たりにした天皇の決断が、現代まで続く日本独特の清潔文化の礎を築いたのです。
手を清める習慣は、その後、神社でのお参り前の作法としても定着。さらに、裕福な家庭では、手水鉢(ちょうずばち ※2)を置いて来客をもてなす文化へと発展していきました。
※1 手水舎(ちょうずや):神社の参道にある、手や口を清めるための建物。屋根付きの水場で、現代でも多くの神社で見ることができます。
※2 手水鉢(ちょうずばち):庭園などに置かれる、手を洗うための水鉢。石や陶器でできており、日本の伝統的な庭園には欠かせない要素となっています。
「おしぼり」という言葉が生まれた意外な理由
「おしぼり」という言葉の由来には、とても興味深いストーリーがあります。室町時代から江戸時代にかけて、旅籠(はたご)と呼ばれる宿屋では、疲れた旅人のために玄関先に水を張った桶と手ぬぐいを用意していました。
旅人たちは、その手ぬぐいを水に浸して「絞って」から使用していました。この「絞る」という動作が、「おしぼり」という言葉の語源となったのです。当時の旅人にとって、長旅で疲れた体を清めることは、大きな癒しとなっていたことでしょう。
驚くことに、この習慣は『源氏物語』の時代にまで遡るという説もあります。貴族たちが来客をもてなす際、濡らした布を提供していたという記述が残されているのです。
江戸の旅籠から始まった「おもてなしの心」
江戸時代、五街道を中心に旅籠は各地に広がり、おしぼりの文化も全国に浸透していきました。特に、江戸と京都を結ぶ東海道の宿場町には、質の高いサービスを提供する旅籠が軒を連ねていました。
旅籠の女将たちは、旅人の疲れを少しでも癒そうと、季節に応じておしぼりの温度を変えるなど、きめ細やかな心配りを欠かしませんでした。夏は冷たく、冬は温かいおしぼりを提供するという現代のサービスの原点は、実はこの時代に確立されていたのです。
飲食店の必需品となったおしぼりの驚きの進化
戦後の混乱期で一時は途絶えかけた「おしぼり文化」でしたが、昭和30年代に入ると、日本の経済復興とともに面白い展開を見せます。東京を中心に飲食店が急増し始め、各店が競うように「おもてなし」の質を高めていったのです。
当初、飲食店では自前でおしぼりを用意し、洗濯から巻き直しまですべて手作業で行っていました。しかし、お客さんが増えるにつれ、この作業が大きな負担となっていきます。そんな中、昭和35年頃に画期的なビジネスが誕生しました。それが「貸しおしぼり」です。
このサービスは瞬く間に広がり、やがて専門の業者が続々と参入。「おしぼりロール機」(※3)や「おしぼり加熱器」(※4)といった専用機器も開発され、日本のサービス産業に新たな革新をもたらしました。
※3 おしぼりロール機:おしぼりを均一な太さに巻き上げる専用機器。手作業では難しい完璧な形に仕上げることができます。
※4 おしぼり加熱器:おしぼりを適温に保温する専用機器。季節や用途に応じて温度調整が可能です。
衛生基準が定められている「おしぼり」
おしぼりには、実は厳格な衛生基準が設けられているのをご存知でしょうか。厚生労働省の基準では、一枚のおしぼりから検出される一般細菌の数は10万個以下と定められています。これは、新品のタオルと同レベルの清潔さが求められているということです。
また、業界には「衛生マーク」という独自の品質保証システムがあります。全国おしぼり協同組合連合会が定めたこのマークは、おしぼりの包装フィルムに印刷されており、安全性の証となっています。
さらに意外なことに、一般的な布おしぼりは平均して25回ほど再利用されます。その後は、専門業者によってウエスやダスターとしてリサイクルされるなど、環境への配慮も忘れていません。
世界が驚く日本のおしぼりサービス
1959年、日本航空が国際線で離陸前の搭乗客にホットタオルのサービスを開始しました。これが世界で初めての「機内おしぼり」でした。当時の外国人搭乗客の反応は驚きと感動に満ちていたそうです。
このサービスは大きな反響を呼び、現在では多くの外国航空会社でも採用されています。特に、長時間フライトの際の心地よさは、世界中の旅行者から高く評価されています。
一方で、欧米のレストランでは「テーブルに着く前に手を洗う」という文化が根付いているため、食事前のおしぼりは一般的ではありません。しかし、高級日本食レストランの増加とともに、おしぼりの需要も少しずつ高まってきています。
「おしぼりの日(10月29日)」のエピソード
実は10月29日は「おしぼりの日」なんです。2004年に全国おしぼり協同組合連合会が制定したこの記念日、なぜこの日が選ばれたのか知っていますか?実は「10(て)」「29(ふく)」で「手を拭く」という語呂合わせから決まったんです。さらに、10本の指という意味も込められているとか。
この日には全国各地でおしぼりにまつわるイベントが開催され、日本の「おもてなし文化」を再認識する機会となっています。ちなみに、この記念日は2023年に一般社団法人日本記念日協会から正式に認定を受けました。長年親しまれてきた文化が、こうして正式に認められたのです。
進化し続けるおしぼりの新しい可能性
最近では、従来の布や紙のおしぼりに加えて、様々な新しいタイプのおしぼりが登場しています。アロマの香りを付けたリラックス効果のあるおしぼりや、抗菌・抗ウイルス機能を持った高機能おしぼりなど、時代のニーズに合わせて進化を続けています。
特に注目を集めているのが、環境に配慮したエコフレンドリーなおしぼり。生分解性素材(※5)を使用したものや、再生素材を採用したものなど、地球環境への負担を減らす工夫が施されています。
また、「マイおしぼり」という新しい習慣も広がりつつあります。自分専用のおしぼりを持ち歩くことで、使い捨ての紙おしぼりの削減に貢献できます。デザイン性の高いものも多く、ファッションアイテムとしても注目されているんです。
※5 生分解性素材:自然界の微生物によって分解される環境にやさしい素材のこと。最近のおしぼり開発では、この技術の採用が進んでいます。
あなたの周りにもある!世界に広がる日本のおしぼり文化
最近では、ニュージーランドやオーストラリア、イギリスなどで、おしぼりサービスを専門に行う会社が次々と誕生しています。特に高級レストランでは、日本式のおしぼりサービスを取り入れることで、特別な体験を提供する演出として活用されているそうです。
中国では比較的早くからおしぼりが普及し、高級料理店では当たり前のサービスとして定着しています。一方、欧米では、まだまだ珍しいサービスとして受け止められていますが、日本食レストランの増加とともに、少しずつその存在感を高めています。
みんなに教えたくなる!おしぼりの豆知識
日本が世界に誇る「おしぼり文化」。実は、これほど長い歴史を持ち、しかも現代に至るまで進化し続けている「手を拭く文化」は、世界でも類を見ません。
友人や家族と食事をする際、おしぼりが出てきたら、「実はこれ、すごく歴史のある日本の文化なんだよ」と話を始めてみませんか?きっと、普段何気なく使っているおしぼりが、より特別な存在に感じられるはずです。
時代 | 主な出来事 | 特徴 |
---|---|---|
3世紀頃 | 手水舎の設置 | 感染症対策として手を清める習慣の始まり |
平安時代 | 公家の来客もてなし | 濡れた布での手拭き文化の誕生 |
室町~江戸時代 | 旅籠での提供開始 | 「おしぼり」という言葉の誕生 |
昭和30年代 | 貸しおしぼりビジネス開始 | 専門業者による量産体制の確立 |
1959年 | 航空機での提供開始 | 世界への日本文化発信の契機に |
種類 | 特徴 | 主な用途 |
---|---|---|
布おしぼり | ・約25回再利用可能 ・温冷の温度調整が可能 |
高級店・一般飲食店 |
紙おしぼり | ・衛生的で使い捨て ・コストが比較的安価 |
ファストフード・テイクアウト |
不織布おしぼり | ・布と紙の中間的特性 ・比較的丈夫 |
カジュアル飲食店 |
項目 | 内容 |
---|---|
おしぼりの日 | 10月29日(10=て、29=ふく) |
衛生基準 | 一般細菌数10万個以下/枚 |
最新トレンド | アロマ入り・抗菌機能付き・環境配慮型 |
海外での普及 | 航空業界・高級日本食店を中心に拡大中 |
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