『本音と建前』は日本だけじゃなかった?意外な海外事情を解説

雑学

本音と建前は日本だけって本当?

日本で暮らしていると、本音と建前の間で困惑する場面がよくあります。例えば友人に「今度飲みに行こうよ」と誘ったとき、「ぜひ、また今度!」と明るく答えられたのに、実際に日程を調整しようとすると、なぜか返事が曖昧なまま流れてしまう……こんな経験はありませんか?

また仕事の場でも「検討しておきます」と返事をされ、すっかり話が進むと思っていたら、後日それが丁寧な断り文句だったと気づくことも珍しくありません。

こうした場面に出くわすと、「なぜ日本人ははっきり本音を言わないのか」と不思議に思う人も多いでしょう。そして同時に、「本音と建前って日本だけなの?」という疑問も浮かんできます。

このモヤモヤした気持ちの正体を理解するために、まずは「本音と建前」という言葉の意味を改めて整理してみましょう。

そもそも「本音と建前」とは何か

「本音」とは、自分が本当に感じたり考えたりしていることです。一方「建前」とは、社会的な礼儀や相手への配慮から表に出す言葉や態度のことを指します。

シンプルに言えば、本音は「本当の気持ち」、建前は「表向きの気持ち」です。

例えば、友人が新しい服を買って自慢げに見せてきたとします。正直あまり似合っていないと感じても、その場で「それは似合わないよ」とは言わず、「素敵だね、よく似合ってるよ」と返すのが建前です。このように、本音をそのまま伝えるのではなく、相手を傷つけないように建前を使うのが一般的な日本のコミュニケーションの特徴です。

しかし、こうした態度が海外からは「本当のことを言わない」あるいは「ウソをついている」と誤解されることもあります。本当に建前は「ウソ」なのでしょうか?

「建前=ウソ」じゃない理由

結論から言うと、建前は必ずしもウソやごまかしではありません。むしろ、「相手との調和」や「礼儀」を守るための文化的な工夫と言えます。

たとえば、上司に食事に誘われて「今日はちょっと用事がありまして……」とやんわり断る場面。実際は用事がなくても、「行きたくないから」と直接言えば相手は傷つきます。建前を使って断ることで、相手の気持ちを傷つけることなく、円滑な人間関係を保つことができるのです。

このように、建前は相手に対する配慮や敬意の現れです。決して悪意や偽りではなく、「場の空気を乱さない」ための日本特有のコミュニケーションの知恵だと言えるでしょう。

実は、日本人がこうしたコミュニケーションを重視するのには、歴史的な背景や社会的な理由があります。

日本人が「本音と建前」を使い分けるワケ

日本人が特に「本音と建前」を使い分ける理由としては、「武士道文化」「村社会」「島国」という3つの要素が深く関わっています。中でも、「武士道」と「村社会」という背景は、日本人の性格や社会の仕組みに大きな影響を与えてきました。

武士道に見る「建前文化」のルーツ

武士道とは、簡単に言えば「武士が守るべき道徳や礼儀作法」のことです。かつての武士は、自分の本音や感情を簡単には表に出しませんでした。特に、「怒りや悲しみを人前であらわにすることは、弱さを示すことだ」と考えられていました。

例えば、敵から侮辱を受けても冷静に対処することが、武士としての品格を示すとされました。このため、本音を隠し、表面上は平然とした態度を保つことが求められました。こうした習慣が、現代日本人にも「本音を直接表現しない文化」として受け継がれているのです。

「村社会」が生んだ「察する」文化

一方、江戸時代の村社会では、村人同士の結びつきが非常に強く、狭い集団の中で長期間、円滑な人間関係を保つ必要がありました。

こうした村社会では、「他人の感情を察する」能力が非常に重要視されました。何かをはっきり言ってしまうと集団内で角が立つため、明確に表現するよりも、言葉の裏を読み合い、「本音」を互いに推測するコミュニケーションが発達しました。

つまり、「本音を言わない」というよりも、「本音を言わなくても互いに察し合える」高度なコミュニケーション能力が自然と育まれたのです。

「建前」とは、実は相手に配慮しながらも、自分の本音をさりげなく伝えるための日本人の知恵ともいえるでしょう。このような歴史的背景を知ると、「本音と建前」はただの曖昧な習慣ではなく、日本人が人間関係を円滑にするために編み出した、ある種のコミュニケーション技術だったと分かります。

島国日本が生んだ独特のコミュニケーション

日本は地理的に、周囲を海に囲まれた島国です。古代から他国との交流が限られ、自分たちだけの文化や習慣を独自に発展させてきました。

イメージとしては、閉ざされた教室のようなものです。同じ教室の中で、長期間同じメンバーと生活すると、「周囲と衝突を起こさないように、できるだけ空気を読む」ことが自然と求められます。日本人もまた、狭い環境の中で暮らすうちに、はっきりとした主張を避け、周囲との調和を重視する傾向が強まりました。

島国特有のこの閉鎖的な環境が、本音を隠しても相手の気持ちを察するコミュニケーションを育てました。その結果、世界から見ると少し複雑で、理解しづらい「本音と建前」の文化が生まれたのです。

こうした背景から「本音と建前」は日本だけの特殊な現象だと考えられがちですが、実は海外にも似たような文化が存在しています。

海外にもある「本音と建前」文化

世界には日本と似ているようで違う、「本音と建前」に似た文化がいくつかあります。日本特有と思われるこの習慣ですが、他国にも意外な共通点が見られます。特に身近な例として、中国、アメリカ、イギリスの文化を見ていきましょう。

中国の「メンツ文化」との意外な共通点

中国には「面子(メンツ)」という言葉があります。これは、日本語でいうと「世間体」や「プライド」に近い概念です。

例えば、食事に招待されたとき、たとえお腹がいっぱいでも、全く食べないと相手の面子を傷つけることになります。そこで、「少しだけいただきます」と無理に食べる振りをすることがあります。

これは相手に恥をかかせないという配慮であり、「本当は食べたくない」という本音を隠していることになります。つまり、中国でも、日本の「本音と建前」と同じく、相手を尊重するために本音を隠す場面があるのです。

このように、日本の本音と建前に通じる文化は中国にも見られます。異なる国でも、似たようなコミュニケーションの習慣が生まれるのは興味深い点です。

アメリカ社会の「ポリコレ」に見る本音と建前

一方、自由でオープンなイメージがあるアメリカにも、「ポリティカル・コレクトネス」という、本音をそのまま言わない文化があります。

例えば、職場で同僚があまり仕事ができない場合、「あの人は能力が低い」と直接表現するのは避けられます。その代わり、「改善の余地がある」と遠回しに言うことがあります。

このように、表現を和らげることで相手への配慮を示しています。直接的な批判はトラブルを生む可能性が高いため、アメリカでも本音をオブラートに包む場面が存在します。

一見、本音をストレートに言うイメージのあるアメリカでも、状況に応じて「本音を隠す」という点では日本と似ている部分があるのです。

イギリスの礼儀正しい遠回しな表現

イギリス人は特に礼儀正しく、遠回しな表現をよく使います。例えば、イギリス人が「それは興味深いですね」と言った場合、本当に興味があるわけではなく、「あまり面白くないけれど、はっきりとは言いたくない」というニュアンスであることが少なくありません。

また、パーティーに誘われて断りたいときに「ぜひ参加したいのですが、都合が合えば伺います」と答えることもあります。この表現は、実際には参加する気がないことを、暗に示しています。

このように、イギリスでも相手の気持ちや状況を尊重するために本音を隠し、建前を使う文化があります。ただし、日本の建前ほど複雑ではなく、ユーモアを含んだ「社交辞令」としての要素が強いのが特徴です。

こうして見ると、「本音と建前」は日本特有というわけではなく、世界中で形を変えて存在しているのです。

日本の「本音と建前」が独特といわれる理由

ここまで、日本以外の国でも「本音と建前」のような文化があることを見てきました。ただ、日本の場合は特に複雑で分かりにくいとよく言われます。

その理由は、本音を言わないだけでなく、「相手の本音を察すること」を前提としたコミュニケーションになっているからです。日本人は日常会話の中で、相手の微妙な表情や言葉のトーンを敏感に読み取り、その意図を汲み取ります。

例えば、職場で「少し考えさせてください」と言われた場合、外国人ならそのまま待つか、あとで再確認します。しかし日本人は、その時点で既に「断られた」と感じ取ることが多いのです。こうした「察する」前提のコミュニケーションが、日本の「本音と建前」を特別にしている最大の理由でしょう。

また、海外では建前は一種のマナーに過ぎませんが、日本ではその裏に必ずと言っていいほど本音が隠されています。つまり、本音と建前が明確に「対」になっており、どちらか一方だけでは成立しないのです。これは他国にはない、日本ならではの特徴です。

雑談で使える「本音と建前」エピソード

実は日常にあふれている「本音と建前」。それを理解すると、ちょっとした雑談も面白くなります。

例えば、ある外国人が日本の同僚に「日本語上手ですね」と褒められて大喜びしました。しかし、日本に数年住むうちに、いつまで経っても同じように褒められることに気付きます。実は、「日本語上手ですね」というのは、本音では「あなたは外国人なので、日本語が完全でなくても大丈夫ですよ」という意味の建前的な褒め言葉だったのです。

また、レストランで料理を出された際、日本人が「美味しそうですね」と言いながら、実際には料理に手をつけない場面があります。これは口に合わないという本音を隠し、相手に不快感を与えないようにしているわけです。

こうした日常の場面を観察していると、「本音と建前」の理解が深まり、コミュニケーションが楽しくなります。

知ると人に話したくなる日本文化の豆知識

「本音と建前」は、一見すると複雑で難解な文化に感じます。しかしその背景には、相手を尊重し、調和を大切にする日本人らしい気遣いが隠されています。

日本人自身も、無意識に本音と建前を使い分けていることが多く、その仕組みを改めて考えると意外な発見があります。

こうした文化の奥深さを知ると、友人や家族にも話したくなりませんか?「本音と建前」の面白さをぜひ周囲の人とも共有してみてください。もしかしたら、身近な人とのコミュニケーションがより深まるきっかけになるかもしれませんね。

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