割り算にも「九九」があった!江戸時代の商人が愛用した計算術『八算』とは?

雑学

割り算にも「九九」があるって本当?意外と知られていない計算方法

「九九」と聞くと、小学校で必死に覚えた掛け算の暗唱を思い出す方も多いはず。「五六さんじゅう」「七八ごじゅうろく」など、リズミカルな言葉は今でも耳に残っているかもしれません。でも、実は割り算にも同じような暗唱法があったんです。しかも、江戸時代から昭和初期まで広く使われていたというから驚きです。

これは「八算(はっさん ※1)」と呼ばれ、商人たちの間では掛け算の九九以上に重宝されていました。なぜ「八」なのかというと、1で割っても意味がないため、2から9までの8つの数字で構成されていたからなんです。

※1:八算(はっさん)とは、割り算の九九の日本での呼び方。中国では「九帰(きゅうき)」と呼ばれ、1で割る場合も含めた9通りを指しました。日本では1で割る意味がないとして省略し、2から9までの8通りを「八算」と呼びました。

「二一天作五」って何?独特の暗唱フレーズの秘密

八算には、現代人が聞くと不思議に感じる暗唱フレーズがありました。例えば「10÷2=5」は「二一天作五(にいちてんさくのご)」と唱えます。一見すると呪文のようですが、実はちゃんとした意味があるんです。

この「二一天作五」を分解すると

  • 「二」は割る数の2
  •  「一」は10(割られる数)
  •  「天作」はそろばんでの特別な操作を表す言葉
  •  「五」は答え

というように、計算の手順がコンパクトに凝縮されているんです。

知れば知るほど面白い!八算のいろいろな読み方

八算の読み方は計算結果によって変わってきます。例えば

  • 「三一三十一」は「10÷3=3あまり1」
  •  「四進二十」は「4÷2=2」
  •  「五一加一」は「10÷5=2」

特に面白いのは、余りがある場合の読み方です。「三一三十一」の場合、「三一」(割る数と割られる数)の後に「三十一」(商とあまり)が続きます。まるで暗号のような読み方ですが、当時の人々にとっては日常的な計算ツールだったんです。

当時の商人たちは、計算を素早く正確に行う必要がありました。例えば43匁(もんめ ※2)の銀を30匁分だけ購入する場合、パッと計算できないと商売にならないんです。そんな彼らを支えていたのが、この八算とそろばんの組み合わせでした。

※2:匁(もんめ)は、江戸時代に広く使われていた重さの単位です。1匁は現代でいう約3.75グラム。

お金の計算は人生の死活問題!庶民の必須スキル

年貢の分配も、八算が大活躍する場面でした。「村全体で100両の年貢を30人で均等に分けないといけない」といった場面で、誰かが「あなたの負担は〇両です」と言っても、本当に合っているのか?と確認したくなるのが人情です。まさに、計算能力は生活の質を左右する重要スキルだったんです。

それに、当時の貨幣制度は現代とは比べものにならないほど複雑でした。例えば

  • 金一両は44匁が基準
  • 銀一両は43匁が基準
  • 他にも様々な両替相場が存在

まるで、「43グラムで1万円のものを30グラム分購入する」みたいな計算を、毎日のようにこなさないといけなかったわけです。電卓もない時代に、これはかなりの技術だったと想像できますよね。

そろばんと「八算」の密接な関係から見える先人の知恵

八算が面白いのは、単なる暗記の道具ではなく、そろばんの操作手順とピッタリ合致していた点です。「天作」という言葉は、そろばんの上(天)の五珠を下げて答えを「作る」という意味でした。現代のプログラミングでいえば、複雑な計算手順をコンパクトな命令文にまとめたようなものかもしれません。

「二一天作五」の裏に隠された賢い計算テクニック

例えば「二一天作五(10÷2=5)」という暗唱フレーズ。これは

  • まずそろばんに「10」をセット
  • 「天」の命令で五珠を下ろす
  • 「作」の命令で一珠をすべて下ろす

という一連の動作を表していました。

面白いことに、当時のそろばんは現代のものとは少し違っていました。五珠(ごだま ※3)が2つ、一珠が5つもあり、1桁で最大20までを表現できたんです。ただし、操作は現代のそろばんよりもかなり難しかったようです。

※3:五珠(ごだま)は、そろばんの上部にある5を表す珠のこと。一珠(いちだま)は下部にある1を表す珠を指します。

商人たちに愛された意外な使い方

八算の面白い使われ方として、「掛け算を割り算に置き換える」というテクニックがありました。例えば、「ねずみが3匹いて、1日ごとに2倍になっていくとき、5日後には何匹?」という計算。

現代なら「2を5回掛ける」と考えますが、当時の商人たちは「10倍して5で割る」という計算を5回繰り返す方法を好んだそうです。なぜなら、八算とそろばんを使うと「5で割り続ける」作業がとても簡単だったからなんです。

これは単なる計算方法の違いではなく、当時の人々の知恵が詰まった工夫だったといえます。掛け算より割り算が得意な道具(そろばん)に合わせて、計算方法自体を最適化していたんですね。

失われた計算技術が今に伝える興味深い歴史の痕跡

八算は昭和初期まで広く使われていましたが、次第に姿を消していきました。しかし、その名残は現代の言葉や文化の中に興味深い形で残されています。例えば「にっちもさっちもいかない」という慣用句、実は「二進も三進もいかない」が語源なんです。割り算の九九で「二進」「三進」は2や3で割って商が1になる計算を指していました。つまり、基本的な計算もままならない状態を表していたわけです。

文学作品に残る八算の記憶

江戸時代の文学作品にも、八算は多く登場します。例えば文楽の「心中天網島(しんじゅう てんの あみじま)」では、主人公の治兵衛が昼寝をごまかそうとして、慌てて「二一天作五、九進が三進六進が二進、七八五十六」と計算のふりをする場面があります。当時の観客にとって、この場面はとても身近で笑えるシーンだったのでしょう。

庶民の暮らしに溶け込んでいた高度な計算技術

意外なことに、この八算は決して簡単な技術ではありませんでした。江戸時代の小説「東海道中膝栗毛(とうかいどうちゅうひざくりげ)」では、主人公の喜多八が「二一天作の八」(正しくは「二一天作の五」)と言い間違える場面があり、それを見ていた馬方が「江戸の米屋は難しい。わしには分からん」とつぶやきます。すると喜多八も「ははは。わしにも分からん」と答えるくだりがあります。

この描写から、八算は庶民にとって「難しい計算の代名詞」的な存在だったことがわかります。それでも多くの商人たちが必死に覚えたのは、それだけ実用的で重要な技術だったからでしょう。

今に伝えたい「八算」の面白さ

八算の世界を知ると、日常何気なく使っている言葉の意外な由来に気づかされます。例えば「にっちもさっちも」という言葉を使うとき、それが江戸時代の計算用語だったなんて、ほとんどの人は想像もしないでしょう。

また、計算手順を短い言葉に圧縮するという発想は、現代のプログラミングに通じるものがあります。当時の人々は、効率的な計算のために知恵を絞り、そろばんという道具に最適化された独自の方法を生み出したんです。なかでも、掛け算を割り算に置き換えるという逆転の発想には、商人たちの実践的な知恵が詰まっています。

数百年前の人々が考え出した八算は、私たちの言葉や文化の中に確かな痕跡を残しています。普段何気なく使っている言葉の中に、こんな豊かな歴史が隠れていたなんて、なんだか不思議な気持ちになりますね。

「割り算の九九(八算)」の基本情報
呼び方 ・八算(はっさん)
・割り算の九九
・割声(わりごえ)
・割れ声(われせい)
名前の由来 2から9までの8つの数で構成されていたため。1は省略された
基本的な読み方の例 ・10÷2=5 →「二一天作五」(にいちてんさくのご)
・10÷3=3余り1 →「三一三十一」(さんいちさんじゅうのいち)
・4÷2=2 →「四進二十」(ししんにじゅう)
当時の使われ方と特徴
主な用途 ・商売での計算
・年貢の分配計算
・両替や取引の計算
そろばんとの関係 ・「天」は五珠を下げる操作
・「作」は一珠を全て下げる操作
・当時のそろばん操作に最適化された計算方法
特徴的な計算方法 ・掛け算を割り算に置き換えて計算
・そろばんの特性を活かした独自の計算技法
・商人の実践的知恵が詰まった方法
現代に残る痕跡
言葉への影響 「にっちもさっちもいかない」(二進も三進もいかない)という慣用句の語源
文学作品での登場 ・文楽「心中天網島」
・「東海道中膝栗毛」
などに計算シーンとして描かれている
歴史的価値 ・江戸時代の経済活動を支えた実用的な計算技術
・そろばんの普及と共に発展
・昭和初期まで商業教育で教えられていた

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